わんこそばについて

岩手名物わんこそば

 

わんこそばの歴史 

歴史は古く今から遡ること400年前の慶長時代。

南部藩のお殿様(南部利直公)が江戸に上がられる途中、花巻城にお立ち寄りになられました。

郷土名産の蕎麦を漆器のお椀にて少量ずつ差し上げたところ、お殿様はたいへんお気に召され何度もお代わりされました。

その際に、丼ではなくて「お椀」を使用しました。岩手の方言で語尾に「コ」を付けることから 「お椀コ蕎麦→わんこそば」と称されるようになったと伝えられています。

明治以降は花巻市内の蕎麦屋でも一般のお客様に振る舞うようになり、旧花巻市中心部の一般家庭にも「わんこそば」は浸透していきました。大正時代には来客があった際には家庭でも「わんこそば」をやっていたそうです。更に「年越しわんこそば」を食べるという習慣もあったそうです。(歳の数だけ食べると長生きできると言われていました。)

今では岩手名物にもなった「わんこそば」は大喰いのイメージが先攻しますが、本来はおもてなしの食文化です。

又、当店のわんこそばも歴史が古く、目の前にお椀を重ね始めたことでも有名です。

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※写真提供 木村設計A・T

 

■ 元祖わんこそば全日本大会

日本全国、海外から大食い自慢が集う「元祖わんこそば全日本大会」は2018年(平成30年)2月11日(わんこそば記念日)で第60回の節目を迎えます。

その記念すべき第一回は1957年(昭和32年)12月に開催されました。

「嘉司屋」の佐々木喜太郎氏が、町内や業界の友人達と「花巻そば友の会」を結成し「花巻の名物わんこそば」をもっと広めようと企画されました。

ただ大食いだけではつまらない、何か面白い思考はないかと相談し、相撲になぞられて「わんこ相撲」と名付けました。

食べる選手は「力士」ならぬ「食士」と呼び、「行司」も必要だと様々な工夫を凝らして開催された「わんこそば相撲冬場所」は

多数の参加者があり大成功でありました。

その後回を重ねる毎に参加者や応援者も増え、大会名称や会場も進化していきました。

 

現在の「元祖わんこそば全日本大会」の名称になったのは第18回、開催日を2月11日に固定されたのは第22回からです。

地元の沢山の方々に支えられ続けられた「元祖わんこそば全日本大会」は2015年、日本記念日協会により2月11日(わんこそば記念日)と制定されました。

 

 

大会は、個人戦と団体戦(大人、小学生)の二種目があり、

大会ルールは至ってシンプル、一杯10gのそばを5分間(小学生3分間)で何杯食べれるか「早食い&大食い」を競います。

歴代記録は第58回の「258杯」です。

 

 

002.jpg※大会風景(行司は四代目佐藤忠明氏)

 

第59回大会(2017/2/11)台湾美人フードファイター&歴代レジェンド横綱対決